「心のコップ」と「自信の水」の正体 コンプリメントトレーニングとは?

コンプリメントとは?
森田直樹氏は、不登校の子どもたちの心理カウンセラーとして、多くの事例をもとに「心のコップ」と「自信の水」というメタファーを用いた理論を提唱しています。
この理論では、不登校の原因は、子どもの心の中にあるべき自信の水が枯れてしまったことにあると考えます。自信の水が枯れると、子どもは自分の価値を見失い、学校や社会に対する不安や恐怖を感じるようになります。その自信の水を子どもの心のコップに戻してあげることにより、様々な身体症状を改善したり、理性的な心を取り戻したりして、不登校を治すことができると唱えています。
子どもの心に自信の水を注ぐのは、愛情と信頼をもった親の言葉がけ=コンプリメントです。コンプリメントとは、子どもの「よさ」を認めて伝える言葉のことで、子どもの自尊心や自己肯定感を高める効果があります。
森田氏は、コンプリメントを日々の言葉がけとしてトレーニングすることを提案しています。そのためには、親自身が子どもの「よさ」を見つける目を養い、子どもの気持ちに寄り添う姿勢を持つことが大切だと説いています。
コンプリメントにおける弊害
コンプリメントだけではありませんが、このような方法論には弊害もあります。バランスよく情報を精査して取り入れる必要があります。
コンプリメントの弊害と考えられる一点目は、子どもの本質的な価値ではなく、表面的な行動や能力に焦点を当てることで、子どもにパフォーマンス志向や外発的動機づけを植え付けるというものです。子どもは親からの褒め言葉を得るために、自分の本当の気持ちや興味ではなく、親の期待に応えようとするようになります。その結果、子どもの内発的動機づけや自律性が低下し、自分の人生に対する責任感や主体性が育たないという懸念です。
二点目は、子どもの自己評価を過剰に高めることで、子どもに現実とのギャップや挫折に対処する能力を奪うというものです。子どもは、親からの褒め言葉によって、自分はすごいとか特別だとか思い込んでしまいます。しかし、社会に出て他者と比較したり、困難に直面したりすると、自分の評価が下がることに耐えられなくなります。そのため、子どもは自分の能力や努力に見合わない高い目標を設定したり、失敗や批判を避けるために挑戦しなかったりするようになるという危険性があります。
三点目は、子どもの自己肯定感を親の言葉に依存させることで、子どもが自分で自分を認める力を育てられないというものです。子どもは親からの褒め言葉によって、自分は良いとか愛されているとか感じます。しかし、親からの褒め言葉がないときや、親との関係が悪化したときに、自分はダメだとか嫌われているとか感じてしまいます。そのため、子どもは、自分の価値を自分で見出すことができず、他者の評価に左右されるようになります。
コンプリメントの継続は難しい
私はこの三点目の懸念が非常に気になっています。子どもはその成長過程で、親からの言葉を聞き入れず、反発することもしばしばあります。そしてそのまま鬱々とした不登校は続きます。それでもコンプリメントを前向きに粛々と続けてゆける親はどれだけいらっしゃるでしょうか?恐らくほとんどいないのではないかと考えます。でも安心してください。森田先生、ちゃんと対策を考えてくれています。「コンプリメント・トレーニング」です。育て方が悪かった、コンプリメントの方法が間違っていたのではないか?という親の切実な悩みをトレーニングで解決してくれます。もちろん別途有料で。加えて不登校が続くと勉強の遅れが心配になりますね。でも安心してください。英語学習支援があります。もちろん別途有料で。まだ先生の細やかなお心遣いは続きますが、ここではこれくらいにしておきます。
※コンプリメントトレーニングの参加費用を検索してみると、小学生の時に2か月で105,040円、中学で再び不登校になり、3か月で140,923円かかったという記事が見つかりました。
コップの水を注ぐのは誰?
親からの愛情のこもった優しい声掛けはとても大切です。学校でツラいことがあって不登校になっているのですから子どもは自信を喪失しています。そんな子どもには勇気づける言葉が必要です。しかしコンプリメントを行っていても効果は限定的。本当にコップに水を注げているの?という疑問が残ります。
私は心のコップに自信の水を注ぐのは子ども自身ではないかと考えています。親の言葉はボトルにたまった水。子どもが少し元気になったらそのボトルから自分でコップに水を注ぐ。たくさんボトルがあったとしても、コップに注がなかったら子どもは元気になりません。でもボトルから自分で自信の水を注ぐ方法がわかったら、心のコップは早いうちに溜まるでしょう。
でも森田先生は子どもがコップに水を注ぐ方法は教えてくれないようです。
なんかひと昔前に流行った「親力」と似ているなあと感じました。

